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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)1494号 判決

主文

被告株式会社山口製綿工場は原告に対し金七一六、五一四円及びこれに対する昭和三四年四月一日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告株式会社山口製綿工場との間に生じた部分は同被告の負担とし、原告と被告山口重治との間に生じた部分は原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し連帯して金七一六、五一四円及びこれに対する昭和三四年四月一日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決竝びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告等は共同して昭和三三年一二月二日原告にあて金額七一六、五一四円、満期昭和三四年二月二五日、振出地支払地共大阪市、支払場所株式会社大和銀行三国支店なる約束手形一通(以下これを本件手形という)を振出交付した。よつて、原告は本件手形の所持人として被告等に対し連帯して手形金七一六、五一四円及びこれに対する本件支払命令送達による請求の翌日である昭和三四年四月一日より完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと述べ、被告等の抗弁に対する答弁竝びに再抗弁として、(一)被告等は自ら本件手形に署名してこれを岡島種吉に郵送した以上明らかに流通におく意思をもつて本件手形を振出交付したものである。(二)被告等主張の白地手形五通は、被告山口が家族を連れて家出する際、交際の深い岡島種吉を通じ、被告株式会社山口製綿工場(以下単に被告会社という)の債権者全員に対し債務の整理等を託するためこれを振出郵送したものであつて、原告は債権者委員長として右債権者全員より岡島種吉を通じ本件手形の引渡をうけ適法にこれを取得したものである。(三)本件手形は岡島種吉が原告に対し信託譲渡したものではないのみならず訴訟行為をなさしめることを主たる目的としてこれを譲渡したものでもない。(四)被告等は金額、満期欄いずれも白地にて本件手形を振出したものである。仮に、本件手形上に被告等の主張通り鉛筆による金額、満期の記載があつたとしても、右は振出地、支払地、支払場所等の記載に徴すれば後日通常の方式に従いペン等をもつて鉛筆による記載と異る金額、満期の補充がなされることを予期して行われたものであるから、金額、満期を空白とする白地手形と何ら択ぶところはないものというべきである。よつて、原告が本件手形に金額、満期を被告等の主張通り記入したことは何らこれを変造と呼ぶにあたらない。(五)本件白地手形に補充すべき金額の範囲は極言すれば被告等の債務総額を限度とし、原告は右総額に及ぶ金額の補充権があるものと信じ本件手形を取得したものであるから、原告が金額を右補充権の範囲内において金七一六、五一四円と補充したのは何ら補充権の濫用ではない。仮に、右が不当補充にあたるとしても、(再抗弁)被告等は昭和三四年三月一七日原告に対し補充権の範囲を被告等の総債務額の限度まで拡張することに合意したから原告のした金額の補充は今や有効である。仮にしからずとするも、被告等は有効に補充権の存する鉛筆による記載金額一六四、二〇〇円の限度において責任を免れない、(六)被告等と岡島種吉との間に代物弁済契約乃至放棄の意思表示のあつたことを前提として本件手形債務の消滅したことを主張する被告等の抗弁事実はこれを否認すると述べ、予備的請求原因として、原告は製綿用の落綿及び原綿類の販売を業とするものであるが被告会社に対し昭和三二年一〇月頃より昭和三四年三月初頃までの間に製綿用落綿及び原綿類を売渡したところ、被告会社はその代金中金二、七一六、九八一円の支払をせず、被告山口は昭和三四年三月一七日債権者集会の席上において、原告に対し被告会社の右債務を引受け個人財産を全部提供してその支払に充当する旨約し、原告との間に重畳的債務引受契約を締結したので、原告は被告等に対し右売掛代金中金七一六、五一四円及びこれに対する物品引渡後である昭和三四年四月一日より完済に至るまで年六分の商事法定利率による遅延損害金の支払を求めると述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告の約束手形金請求の請求原因事実に対する答弁竝びに抗弁として、原告の主張事実はすべて否認する。本件手形は以下に述べる経過により原告がこれを所持するに至つたものである。すなわち、被告山口は昭和三四年二月頃被告会社が倒産するやその代表取締役として負債の処理に苦慮し一家心中を決意するに至つたのであるが、同月一七日右決意を実行するに先立ち、被告会社がかねて岡島製綿工業有限会社(代表取締役岡島種吉)振出の約束手形三通と引換えに、同会社にあて振出交付しておいた(イ)金額一六四、二〇〇円満期同年三月七日、振出地支払地共大阪市、支払場所株式会社大和銀行三国支店、(ロ)金額一二五、三〇〇円、満期同年三月一二日、その他(イ)同様、(ハ)金額一三二、四五〇円、満期同年三月二二日、その他(イ)同様、(ニ)金額一四〇、〇〇〇円、満期同年三月二三日、その他(イ)同様、(ホ)金額二五〇、〇〇〇円、満期同年四月二六日、その他(イ)同様なる約束手形各一通、以上合計五通の約束手形は、被告会社が前記三通の引換手形により実質上岡島種吉からすでに資金の融通を受けている関係上、他の支払手形と異りその支払につき特段の配慮を要するものと考え、右約束手形五通の債務の代物弁済にあてるため、被告会社より岡島種吉に対し時価金一〇〇万円を下らざる被告会社の機械器具を譲渡する旨の売買契約証を作成し、且つ同人が右によりなお債務の完済を受けえない場合を顧慮し、被告山口個人の資力をもつて右約束手形五通の債務を保証する意図の下に岡島種吉にあて被告等を共同振出人とする右と同一内容の約束手形五通を振出すこととし、約束手形用紙五枚にそれぞれ前回と同一の振出地、支払地、支払場所を各記載するほか、金額、満期は重複をさけるため鉛筆をもつて前回通りこれを記入した上、被告等の署名をなし、もつて振出日、受取人欄を空白とする被告等共同振出の白地手形五通を作成し、これを先に述べた売買契約証と共に岡島種吉に対し郵便により送付した。しかるところ、原告はその頃新聞等により被告山口の失踪したことが報ぜられるや、爾来、被告会社の債権者数十名の互選による債権者委員長として、債権の取立に奔走することとなつたのであるが、当時岡島種吉の弟にして同人を代理する岡島幸三郎より前記白地手形五通等の提示をうけるや、これを利用して被告山口の個人財産から自己の被告会社に対する債権に相当する利益の取立をなさんと企て、岡島幸三郎に対し兄種吉の債権につき前記機械器具等をもつて優先弁済を受けうるよう便宜をはかる旨言質を与えた上、岡島幸三郎より前記白地手形五通を借用し、被告山口所有の財産から自己の被告会社に対する売掛代金債権中金七一六、五一四円の支払を求めるため、右白地手形中の一通を選び、鉛筆による金額、満期の記載を抹消した上、金額を金七一六、五一四円、満期を昭和三四年二月二五日と記入するほか、受取人を原告、振出日を昭和三三年一二月二日と補充して本件手形を完成し、もつて、本件手形の正当な所持人であると称し、昭和三四年二月二六日被告山口所有の不動産に仮差押の申請をなし、ついで本訴提起に及んだものである。したがって、(一)(流通意思)被告山口は単に岡島種吉に対し被告会社の債務を個人保証する証として使用させる目的の下に本件手形を振出したに過ぎないのであつて、振出当時の前記実情に徴し、第三者の手による白地部分の補充により本件手形を流通におく意思は毛頭なかつたのである。(二)(無権利)原告は前記のとおり岡島種吉から本件手形を借用しているに過ぎないから、本件手形の正当な所持人ではない。(三)(訴訟信託)仮に、原告が岡島種吉より本件手形を取得したとしても、右は同人の被告山口に対する手形金債権を取立てるために訴訟行為をなさしめることを目的として行われた信託行為であるから、信託法第一一条の禁止に違反し無効である。(四)(変造)原告は、何ら本件手形の文言を変更する権限がないのに拘らず、前記のとおり鉛筆による金額、満期の記載を抹消した上、金額を金七一六、五一四円、満期を昭和三四年二月二五日と記入し、もつて本件手形を変造したものであるから、被告は本件手形金中抹消された金額を超える部分については責任がない。(五)(補充権の濫用)仮に、被告が金額欄白地にて本件手形を振出したものであるとしても、被告等が本件手形上に鉛筆をもつて記載した金額は当然後日補充せらるべき金額に関する補充権の範囲を示すものであるから、原告がその限度を超え金額を金七一六、五一四円と補充したのは補充権の濫用である。そして、原告が本件手形を取得するにあたり鉛筆による記載を抹消し被告等に補充すべき金額の限度を照会しなかつたのは原告の悪意又は重大な過失に基くものであつて、被告等は原告の補充した金額中鉛筆による記載金額を超える部分については支払義務がない。(六)(手形債務の消滅)本件手形は、先に述べたとおり、岡島種吉が被告会社より前記機械器具の譲渡を受けえない場合を顧慮し、同人に対し被告山口の資力による個人保証の証としてこれを使用させる目的の下に振出したものであるから、手形債務は右機械器具の譲渡により消滅すべきところ、岡島種吉は昭和三四年三月一一日被告会社より右機械器具の譲渡を受けてこれを取得したから、本件手形債務はこれにより消滅した。仮に、しからずとするも、本件手形債務は基本たる手形債務の支払に代え代物弁済として右のとおり岡島種吉に対し機械器具を譲渡したことにより消滅した。のみならず、岡島幸三郎は昭和三四年三月一一日被告会社より右機械器具の譲渡を受けた際、岡島種吉及び岡島製綿工業有限会社の代理人として、被告山口に対し、同会社竝びに岡島種吉の被告等に対する一切の債権を放棄する旨の意思表示をしたので、本件手形債務は右放棄の意思表示により消滅した。しかして、原告は絶えず岡島幸三郎と連絡を保ち前記のとおり債権の取立に腐心していた関係上、以上の事由によりすでに本件手形債務の消滅せることを熟知し、岡島種吉より本件手形を取得したものであつて、悪意の所持人であるから、被告等は原告に対し本件手形金を支払うべき義務はないと述べ、原告の再抗弁事実を否認し、原告の予備的請求原因事実に対する答弁として、被告山口が昭和三四年三月一七日原告主張の如き重畳的債務引受契約を締結したことはこれを否認する。被告山口は同日原告司会の下に債権者集会が行われた際、被告等の債権者数十名に対し、自己の不始末を陳謝し、負債の整理を円滑に進めるため、被告会社竝びに被告山口の財産をそのいずれの債権者に対するを問わず一様に全部提供してもよい旨自己の意見を表明したに過ぎないのみならず、右整理案は当日被告山口に対する個人債権者の反対にあい遂に成立をみるに至らなかつたものであると述べた。

(立証省略)

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